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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)2047号 判決 1972年10月06日

原告 松方幸輔

右訴訟代理人弁護士 阿比留兼吉

右同 那須忠行

被告 弁理士会

右代表者理事 藤江穂

右訴訟代理人弁護士 安原正之

右同 藤本博光

右同 吉原省三

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の申立

1  被告が、昭和四六年一一月二一日開催した理事会においてした別紙目録記載の決議は、無効であることを確認する。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決を求める。

二  被告の申立

1  本案前の申立として、

主文同旨の判決

2  本案につき、

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決を求める。

第二請求原因

一  原告は、被告の会員であり、かつ、商標登録番号第六五七、八一三号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。

二  本件商標は、別紙商標目録記載のとおりであるのに、被告が、昭和四〇年九月一五日に刊行した文字商標集第一六巻(昭和三九年公告)(以下「本件文字商標集」という。)には、本件商標として、単に「ELAC」とのみ掲載されている。

三  右二のとおり、本件文字商標集の本件商標に関する記載は、事実に相違している。しかも、原告は、第三者から、現在、本件商標について、無効審判の請求を受けているものであるが、右審判事件において、当該請求人から、本件文字商標集の「ELAC」なる記載を、本件商標の要部認定の資料として援用され、実際上も、右相違により多大の迷惑を被っている。

そこで、原告は、被告に対し、再三にわたって、本件商標につき、本件文字商標集の記載を、真実に合致させるよう申し入れてきたが、被告は、これに応じることなく、昭和四六年一一月ころ、本件文字商標集を従前のままで再版する旨原告に通知してきた。

四  そこで、更に、原告は、被告に対し、昭和四六年一一月一九日付内容証明郵便で、本件文字商標集の再版に当っては、本件商標につき、別紙商標目録記載のとおり掲載するよう申し出た。

ところが、被告は、昭和四六年一一月二一日開催の理事会において、原告の右申出を容れず、別紙決議目録記載の趣旨の決議(以下「本件決議」という。)をした。

五  しかしながら、本件決議は、無効である。すなわち、

1  弁理士法第一一条は、「弁理士会は、……弁理士業務の改善、進歩を図るため、弁理士の指導および連絡に関する事務を行うことをもって目的とする。」旨規定し、右条項に関連して、弁理士会則(以下「会則」という。)第二条は、弁理士会は、右目的を達するため、特許、実用新案、意匠ならびに商標の育成進歩を図ること、図書を刊行することなどを業務として行う旨規定している。被告の本件文字商標集の発行は、右業務の一つとしてなされたものであるところ、文字商標集としては、本件文字商標集が唯一のものであり、しかも、その発行について、特許庁もこれを後援したという事情も加わって、業界において、権威ある図書として通用しており、弁理士はもちろん、会社関係などにも大いに活用されているものである。ところで、商標権について、最も重要な商標の類否の問題は、その判断が非常に困難であるから、前記のように大いに活用されている本件文字商標集において、本件商標について前記したように、登録された商標そのままを掲載しないで、一部を省略して掲載するようなことは、いたずらに、関係者に対し、商標の誤認混同および紛争を生ぜしめるおそれがある。したがって、一部を省略して商標を掲載している本件文字商標集を、そのまま再版する旨の本件決議は、商標の育成進歩を図ることが、弁理士会の業務目的の一つである旨定める前記弁理士法第一一条、会則第二条に違反する無効のものである。

2  本件文字商標集の内容である商標の記載は、被告の編集の意向いかんにかかわらず、前記三のとおり、結果的には、商標要部判断の有力な資料として援用され、あるいは援用される可能性があるのであって、このことは、あたかも、商標権の範囲等を有権的に認定すべき権限をもっていない被告が、ほしいままに商標の要部を判断したものとみられ、このようなことは、工業所有権制度上から不当であり、かかる不当なことを是認することになる本件決議は、この点からも、前記弁理士法、会則所定の弁理士会の目的を逸脱するものであり、かつ商標法にも違反する無効のものである。

六  よって、原告は、被告に対し、本件決議が無効であることの確認を求める。

七1  弁理士会会員は、会則第三四条により、弁理士会の目的に関する事項につき、意見を申し出る権利を有するところ、原告が、被告に対してした本件文字商標集訂正の申出は、右意見申出権の行使である。これに対し、被告は、本件決議をし、昭和四七年二月五日、本件文字商標集を訂正することなく、再版したものであって、将来も継続して同内容の文字商標集が出版される可能性がある。

右のような可能性がある以上、申し出た意見が否定された場合、意見の当否を争う方法が認められるべきであるところ、会則によっては、その方法がなく、会員としては、理事会の決議の無効確認の訴を提起する以外には、方法がない。

しかも、仮に、本件決議の無効が確認された場合、原告主張のとおりに、本件文字商標集の記載の訂正がなされることが期待されるし、更に、将来、本件文字商標集と同内容のものが、出版される可能性も少なくなり、したがって、本件訴は、現在および将来の紛争の解決、防止に充分役立つものというべきであるから確認の利益がある。

2  また、原告は、本訴において、本件決議が、弁理士法、商標法等に違反する無効のものである旨主張しているのであって、原、被告間には、本件決議が、法律上、適法か否かに関し不安定な法律状態が、現に存在しており、本件決議の無効確認を得ることによって、弁理士会員ならびに商標権者としての原告のこの不安定な法律状態が、解決されるのであるから、本件訴は確認の利益がある。

第三被告の本案前の申立の理由

一  本件決議は、次のような理由により、確認の訴の対象にはならない。

1  本件決議は、弁理士会という社団内部における執行機関の意思決定であるから、団体内部の自治の問題として、意見の申出(会則第三四条)、総会の招集(会則第五一条)などの方法によって、争うべきであって、裁判所に直接その効力につき判断を求めることはできない。

会則第三四条に基づく会員としての地位が、仮に、意見申出権と云われるようなものであるとしても、それは、弁理士会という団体に加盟したことに基づく団体構成員としての権利である。しかも、原告は、既に、その権利を行使して意見を申し出たのであって、その意見の採否は、最終的には、最高機関である総会が会則にしたがって、多数決原理に基づいて判断することである。

2  本件訴は、過去のある時点における弁理士会の理事会の決議の無効確認を求めるものであるところ、弁理士会は、弁理士法に基づく法人で(同法第一二条)、その理事が、会則の定めるところにより弁理士会を代表し、会務を執行するものである(同法施行令第二四条第二項)が、会則によると、七名の理事が置かれ(会則第四一条)、理事が、理事会を組織し、会務の執行は、理事会が決するものとなっており(会則第四二条)、理事会の決議は、単なる内部的な意思決定の性質を有するにとどまり、これに基づく理事の会務の執行がない限り、理事会の決議のみからは、具体的な権利義務に関する効果が生じないものである。したがって、本件決議が有効であっても、そのことから、原、被告間には、なんらの法律関係も生じていない。したがって原告は、被告理事会の決議という単なる事実の無効確認を求めているにすぎない。よって、本件の訴は、そもそも権利義務に関する当事者間の紛争の解決に資するようなものではなく、裁判所法第三条第一項の「法律上の争訟」に該当せず、訴の対象を欠くものである。

二  仮に、原告が、本件決議により、なんらかの権利を侵害され、その回復を図る必要があるとすれば、その回復自体を求めるべきであり、その原因となった過去の一時点における本件決議の無効確認を求めてみても、紛争の解決にはならないものというべきであって、原告は、本件決議の無効確認を求めることにつき、法律上の利益を有しない。

もっとも、本件決議の無効が確認された場合、本件文字商標集における本件商標の記載が、原告主張のとおりに訂正されることが期待されるとしても、右期待は、単なる事実上のものに過ぎず、本件決議の無効確認により、法律上、本件文字商標集の訂正がなされるという必然性はないのであって、右のような事実上の期待が存するというだけでは、訴の利益があるということはできない。

三  よって、原告の本件訴は、不適法として、却下さるべきである。

第四請求原因に対する被告の答弁

一  請求原因一、二は、認める。

二  同三のうち、本件文字商標集の本件商標に関する記載が、別紙商標目録の記載に相違していること、原告が、被告に対し、原告主張のような申し入れをし、被告が、原告に対し、原告主張のような通知をしたことは認めるが、その余の事実は知らない。

三  同四は、認める。

四  同五は、争う。

第五証拠関係≪省略≫

理由

原告は、本件訴により、被告が昭和四六年一一月二一日開催した理事会においてした別紙目録記載の決議が無効であることの確認を求めるものであるところ、一般に法人の理事会の決議なるものは一定の法律効果を発生する(もちろん、なんらの法律効果も発生しないものもあるが)法律要件たる事実に止り、それ自体はなんらの法律関係でもない。確認の訴は法律関係を対象とするものでなければならず、事実の確認が訴として許されるのは法律関係を証する書面の真否についてだけである(民事訴訟法第二二五条参照)。ただし、形式上は事実の確認を求めるものであっても、その事実から生ずべき現在の特定の法律関係の確認を求めると解される場合で、原告がかかる確認を求めるにつき法律上の利益を有するときは、その訴は適法であると解すべきである。

右のような観点から本件訴の適否を検討すると、原告がその無効であることの確認を求める被告理事会の決議は別紙決議目録記載のとおりのものであって、それは、原告から被告に対する、被告が、本件文字商標集の再版に際し、その内容中の、商標登録第六五七、八一三号の商標としてELACと掲載された部分を、登録商標の表示どおりに掲載されたい旨の申し入れに対し、右申し入れを容れず、従前のまま再版する旨のものであるところ、右趣旨の決議から原告被告間に、確認の訴をもって解決しなければならないような法律関係が発生するとは到底考えられない。

原告は、原告は会則第三四条の意見申出権を行使して被告に意見を申し出たところ、被告理事会は原告の意見を否定したのであるから、原告被告間に確認の訴をもって解決すべき紛争が存在する趣旨の主張をするが、当事者間の紛争はすべて確認訴訟で解決することができるといえないことは当然であり、確認訴訟で解決するに値する紛争とは、まず当事者間その他における法律関係でなくてはならないことは、前説明のところからおのずから明らかである。原告は、被告が原告の意に反して、将来も継続して同じ内容の文字商標集を出版する可能性があるところ、本件決議の無効が確認されれば、本件文字商標集の記載の訂正がなされることが期待され、したがって本件確認の訴は現在および将来の紛争の解決、防止に役立つと主張するが、裁判所が確認判決をもって解決すべき紛争は法律関係に関する紛争でなければならないことは繰返し説明したところであるから、原告の右のような主張は意味がないものというべきである。

原告は、また、原告被告間に、本件決議が法律上適法か否かに関し、不安定な法律状態が現に存在しており、本件決議の無効確認の判決を得ることによって、弁理士会員ならびに商標権者としての原告のこの不安定な法律状態が解決されるから、本件訴は確認の利益がある、と主張するが、本件決議が適法か否かに関し紛争があるというだけでは、その決議の無効確認を求める訴の適格性があるものとすることはできない。その適格性をもつためには、その決議から、訴訟で解決するに足るだけの法律関係が発生するものでなければならないことは前に述べたとおりであり、本件決議はそのような法律関係を発生させるものでないことも既に説明した。

以上のとおり、本件訴は結局のところ確認の訴の利益を欠くものであるということができ、したがって不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高林克巳 裁判官 野沢明 清永利亮)

<以下省略>

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